ようこそ 国指定重要文化財 鈴木家住宅と染付蔵 へ
江戸初期の浮世絵に描かれた源義経と鈴木三郎重家
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 当家は由来書によると源義経の重臣 鈴木三郎重家が文治5年(1189)に奥州平泉から落ちのび土着して帰農したことにはじまります。
 先祖 鈴木三郎重家の生国は紀州藤代(現在の和歌山県海南市藤白)で、その地にある「鈴木屋敷」は全国の鈴木姓の総本家と言われ、当家には総本家とかわした江戸時代以来の手紙や先祖や武蔵坊弁慶や弟の亀井六郎の書簡(江戸時代の木版摺り)などが残っております。
 東北地方に「鈴木姓」が伝わったのが、先祖「鈴木三郎重家」が来たためと言われており、当家は「東北 鈴木姓 発祥の地」となっております。

 江戸時代、佐竹氏から肝煎役(きもいりやく)を仰せつかり、文政13年(1830)に名字帯刀が許され、それを物語る古美術品が今日まで伝えられており、名を代々 杢之助 (もくのすけ)と襲名し現在に至っております。
 主屋は部屋部分(本屋)に馬屋部分(中門)が取付けられL字型の平面を構成する中門造りで、秋田県では最も古い民家として、昭和48年、国指定重要文化財に指定され、昭和56、57年に解体修理が実施されました。
 修理において建築年代を確定できるものは見つかりませんでしたが、基礎工事中に地下遺構の発見があり、その年代は16世紀末〜17世紀初頭と判断されました。また、中門は享保18年(1733)に増築されたことがわかり、本屋建築は17世紀後半(1650〜1700)と推定されています。
 主屋には五つの大きな部屋があり、各部屋に鞘の間が不随しています。
 部屋境には柱が一間毎に立ち、一間は7尺(2.1m)を基準とするなど「農家というより中世豪族の居館を思わせる建物」という評価を得ております。
 主屋の背後には大正4年(1915)建築の土蔵が隣接しております。内部は要所は透漆仕上げとし、材料・施工も良好なことに加え、棟札など、建築当時の資料も残っていることから、平成6年に宅地、山林とあわせ国指定重要文化財となりました。
 平成18〜19年には保存修理工事を行い、1階には当家伝えられている古美術品などを展示してます。
 建物右側に「ギャラリー長右ェ門」を併設し歴代当主がコレクションした陶磁器(古伊万里 そば猪口など)などを展示しております。
 なお、当家は現在も、当主家族が居住している全国でも大変めずらしい文化財です。
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